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映画『シスタースマイル ドミニクの歌』

臨時号です(笑)。



先週の土曜、恋人と映画を観に行った。
映画でデート、そういえば3月に『フィリップ、きみを愛してる!』を観に行って以来だ。

もともと映画を観る予定はなかった。
そもそもこれまで、週末の恋人は家族サービスに忙しい(と私が思い込んでいた)から、「土曜の午後に少し時間作れるよ」と聞いたときも、距離担当の私が恋人の地元まで行く、そこでお茶とお喋りで過ごす、そんなデートを想像していた。

それが当日朝、恋人が予定外に多めの時間を作れることになって、急遽「どうする?」と投げかけられた。
いつもなら恋人がプランを立ててくれるのだけれど、いくつかの候補を挙げてくれはしたものの、どれにしようか迷っているという。
今までだったら「それでもアナタが決めてよ~」と、いつもの丸投げ体質を晒していたことだろう。
でも、今回は私が決めようと思った、ちょっと思うところがあって…。



20100715151255eff.jpg

この映画『シスタースマイル ドミニクの歌』は、恋人が挙げた候補の中の一つだ。
恋人曰く「L系映画といえばそうなのかもしれないけど、面白いかどうか分かんないよ」。
「どこで知ったの?」と訊くと「どっかのLブログに載ってた」と言う。

Q「知らない?『ドミニクの歌』って」
私「知らない」
Q「昔流行ったんだよ、ペギー葉山が歌ってたの」
私「知らないなあ」
Q「その原曲を歌った人の話らしい」
私「じゃあ実話なんだ」

あまり前情報がないままではあるけれど、「シスターでビアン?」という取り合わせの妙に惹かれてこれを選んだ。

映画の感想って、これから観に行く方もいるかもしれないから、どこまでネタバレを控えるかが難しいんだけど、率直に言うとこの映画は「予想していたカラーとは全然違ったけど、観てよかった」と思う。


1960年代、プレスリーやビートルズを超えて全世界で300万枚のヒットを記録した曲があった、覆面歌手シスタースマイルが歌う『ドミニクの歌』。
シスタースマイルの正体はベルギーの修道女ジャニーヌ。
ジャニーヌは、思春期に親からの『自由』を得るために修道院へ飛び込む。
修道院のほうがよっぽ自由がないと思うんだけど(^^;)、ジャニーヌはそうは思わなかったらしい、それくらい『自由』を渇望していたんだろうな。
だが案の定(^^;)修道院でも問題児で、ここでも『自由』のない窮屈さにことごとく反発する。
困り果てた修道院は、ジャニーヌから取り上げていたギターを戻してやる。
やがてジャニーヌが作った『ドミニクの歌』が教会宣伝になると考えた修道院は、覆面歌手シスタースマイルとしてジャニーヌを売り出すことに。
これが予想外の大ヒットとなり、教会もシスタースマイルの正体を明かさざるを得なくなる。
一躍大スターとなったジャニーヌは、更に『自由』を求めて修道院を去っていく。

ここまではわりと知られたエピソードらしい。
だが、映画はその後のジャニーヌについても描いている。

修道院を出て、学生時代の親友アニーと共に暮らすことを選んだジャニーヌだったが、そこでもやっぱり『自由』を求める気持ちは止められず…。
思い通りに『自由』を手に入れられず傷ついたジャニーヌ、そんな彼女を最後まで愛し抜いたアニー。



実話ではあるけれどドキュメンタリーではないのだから、少なからず作り手側の恣意が反映されているのだとは思うけれど(ドキュメンタリーであってもそれは否定できないが)、公式サイトによると、どうやら主題は「夢をあきらめないで」らしい。

「夢」なんていうと大仰に聞こえるが、具体的であれ抽象的であれ、何かを欲しいと思うとき、それは「夢」なんだと思う。
例えば、「焼肉食べたい!」だって「夢」と言ったっていいと思う。
ジャニーヌの場合は、それが『自由』だったんだろうな。
だけど彼女の求める『自由』、それ自体が何なのか、彼女自身も分かってはいなかったのかもしれない。
「なにものにも束縛されないこと」が『自由』なのだろうか?

プレスリーと同時代ということは、このあと反戦やピル解禁なんて運動が盛んになる頃なのかな?
所謂ヒッピー族の出現を明日に控えていた頃。
ジャニーヌも『黄金のピル』なんて曲を作っていたし、ある意味さきがけだったのかもしれない、なんて気もするけど…。
大国アメリカではなくてベルギー、しかも修道女という封建的な社会にいたら、そりゃ異端児だっただろう。
社会の風潮に左右されることなく生き方を貫いた、なんていうと如何にも意思の力のように聞こえるけど、恐らくこうした生き方しかできなかったんだろうなあ、生まれながらの『自由人』。
生まれながらの『女』、生まれながらの『ビアン』、それと同じような感じ。



はっきり言ってしまうと、私はこの映画から「夢をあきらめないで」というメッセージはそれほど受け取ったとは思っていない。
それより、映画を見終わって外に出たあと、恋人がつぶやいたひとことがあまりにストレートで、そっちのほうがよっぽど印象に残っている。

「でもこの人ってさ、結局は感謝の気持ちがないよねえ?って思った(笑)」

笑いながら言った何気ないひとことだから、言った本人はそんな深い意味はなかったんだろうと思う。
ここまで私が敏感に反応するとは、思いもよらなかったかもしれない。
でも私は、恋人の発した「感謝の気持ち」というフレーズ、それを耳にした途端、なんか胸にグサっと刺さってしまったような感覚があって…。

以前、恋人がある人に贈った言葉を目にしたことがある、「愛と敬意を忘れなければ…」。
そのあとはどう続いたかは忘れてしまったが、多分「幸せな」とか、「悔いない」とか、肯定的な表現で「その後の人生を送ることができるでしょう」、そんな言葉が続いていたんだろうと思う。
ただそのとき私は、『愛』と『敬意』という単語にものすごくインパクトを受けていたワケで。
なんでかって言うと、そんな抽象的な単語を日々の会話で嫌味なくさらりと持ち出す、ってな芸当が私にはできそうもなかったから(笑)。
「へ~、この人、常々そんなこと考えてんのかあ」って、バカみたいに口を開けて見ていた(^^;)。

「結局は感謝の気持ちがないよねえ?」というつぶやきを聞いたとき、何故かあのときの「愛と敬意を忘れなければ…」を連想した。
そのことを恋人に告げると、「そうだね、『感謝』を『敬意』に置き換えることもできるね」と言ってくれた。



まったく個人的なことだけど、ここ暫くの間、自分自身について考えることが多くあって、どの方向を向いても壁にぶち当たる、そんな感覚があった。
その原因は100%自分自身にあるのだけれど、自分の情けない性格を棚に上げてやや開き直り気味だったような気がする。
そんなときに耳にした『感謝』という言葉、今の私に欠けているのはそれ?

「気持ち」なんてーもんは「考えて」出てくるものとは違うワケで、頭でいくら考えてたって心に湧いてこなければ、それは偽善でしかないんだろうと思っていた。
だから昔から、例えば学校の教室に「○○に感謝しよう」なんてスローガンが貼り出されても、「そんなもん、言われてできるわきゃないじゃん」みたくナナメに見ていた、なんてナマイキなガキかしら(笑)。
そのナマイキなガキが、そのまんまナマイキなオバサンになって今ここにいる。
いい加減、気付くべきなんだろうな、「感謝する」は自動詞であることを。



制作側の狙った主題はいまいちピンと来なかったけれど、それでもひとりの女性の生き方を描いた作品としては素直に秀作だったと思う。
たまたま、別の意味で印象に残る映画にはなったけど(笑)。

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お願いだから、いちいち映画を見終わったあとに「ねえ、泣いてたの?」と聞くのはやめてください!
去年のLGBT映画祭のときもそう、答えに困ります(笑)。

| ふたりのこと | 10:08 | comments:3 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

Re

こんにちわ。ネルといいます。
初コメですが、たぶん年代など近いと思え、
親近感を持っていつも読ませていただいています。
この映画は私も見たばかりで(一週間前なら同じ日かも)
これがトピックになったので嬉しくなってしまいました。
私も、この映画の「夢をあきらめないで」が
あんまりピンとこなくて、どちらかというと
主人公にもあまり惹かれませんでした・・・(汗)
ただ、とても痛々しいと思ったし、
純粋で世間知らずゆえに
レコーディング会社や教会の幹部など、
男社会のビジネスのやり方に翻弄されている主人公が
気の毒にもなりました。
いい友達がいれば節目節目でアドバイスを受けられて
よかったのかもしれませんが、
そんな信頼できる友がいないところも
「自由人」とはいえ孤独だなと思いました。
(教会の同期生みたいな人がいたのに・・・
あの友達にもっと相談できればよかったのかも・・・)
恋人さんがつぶやいたという「感謝の気持ち」は
すごくよくわかります!
自由を求めているという思いが強いせいか
主人公は攻撃的すぎる気がしてなりませんでした。
どうしてあんなに喧嘩腰なの・・・と。
両親が会いにきたときの態度もかたくなで
「感謝」も「許すこと」もできないのが残念です。
親にはいろいろ複雑な思いを持つというのも
わからないではないですが・・・。
でも見てよかったとは私も思いました。
こういう映画を見て、
恋人さんと話ができるのは素敵ですね。
私も、カノジョに「一緒にもう一度見てもいいから」と
すすめているところです!
うちのカノジョはハリウッド映画派で
フランス映画嫌いなので、
行ってくれるかどうかが問題です(笑)
これからも更新を楽しみにしていますので、
臨時号をどんどん発行してくださいね(^^)

| ネル | 2010/07/18 17:45 | URI | ≫ EDIT

ネルさま

はじめまして、いつも読んでいただいているとのこと、ありがとうございます(^o^)。
そして、読み応えのあるコメントもありがとうございます!
あらま!もしかしてあの日、あの場所に?暑い日でしたねえ。
私たちが観た回は、圧倒的にシルバー世代のオジサン・オバサンたちが多っかたのですが、懐かしさにつられて観に来たのだろうと思います、恐らく主人公がビアンであることなど知らずに(^^;)。
ネルさまもあの映画で、私たちと同じように感じられたのですね。
感じ方は人それぞれだけれど、是非カノジョさんにも観ていただきたいなって思います。
二人で同じものを見たり、聞いたり、読んだり、食べたり、そしてお互いに感じたこと、思ったことを伝え合う。
同じでなくたっていい、違いがあるからこそ刺激になる、発見がある。
私と恋人は今、思いを伝え合うことを大事にしようとしています。
久々の映画デートで、それを実践し、実感しました。
いいですよ、映画デート(笑)。

| エモ | 2010/07/20 00:01 | URI | ≫ EDIT

自分の応援団を

 
映画を観ながら「よく荷物をまとめる人だなー」と思っていました。
壁にぶち当たり、窮屈な思いをするたびに怒り、
出て行くためスーツケースに荷物をまとめている。
親からも、修道院からも、彼女からも、マネージャーからも、
そうやっていつもキレて飛び出していく姿が印象に残りました。
それが「自由を求めている」ということなのか、
「夢を追いかけている」ことなのかというと、
ちょっと「うーん…?」という感じが否めなかった…かも(^^;)。
そのくらい我慢しろ、とはまったく思わないけれど、
やはり被害者意識満々っていうのは
その後に何も生産的発展がないような気がします。
「誰にも感謝することなく」って、すごくさびしいですよね。
目標に向かって強い意志をもって生きようとしても
多かれ少なかれへこたれることはあり、
そんなときに自分をまた衝き動かすものは、
心の中にある自分の応援団ではないかと思います。
ひとりの意志だけじゃ頼りなくて挫けてしまいそうなときや、
出口の見えない悩み、苦しみの中にいるとき、
応援団が私たちの背中を押してくれる。
それは、誰かの存在・愛情・言葉・思い出・約束…など、
他者との関わりから学び、受け取ってきたものに他ありません。
私は、誰かに感謝することによって、ヒトは初めて
心の中に自分の応援団を持てるのだと思っています。
私の応援団のひとりはよく芋焼酎でホロ酔いになってますが、
心強いし、笑えるし、元気をもらってますよ(笑)。

| Q | 2010/07/21 14:02 | URI | ≫ EDIT















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