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信頼を失くすということ

ようやく記事を書く気になった。
ここ2週間、自分のブログさえ開くのが億劫だった。
10月・11月と楽しいイベントが盛りだくさんだったというのに、後半、実はその裏で私の心はドロドロに渦巻いていた。



半月前の週始めの朝だった、「昨日嬉しいことがあったんだよ」とウキウキ気分で恋人に報告をした。
「これはいい話だから、そのつもりで聞いてね」とわざわざ前置きをしたのは、その出来事の前提条件が恋人との約束を破るものだったからだ。
そこに後ろめたさは感じていた…だけど。
確かに約束は破ってしまったけど、その結果ふたりにとっていい兆しが見えてきたから、一緒に喜んで欲しい。
そして、当然それを恋人は受け入れてくれるものだと過信していた。

電話口での恋人の反応は、私の期待通りではなかった。
結果として得られたものは大きい、けれど私が守れなかった約束は、恋人にとってもっと大きいものだった。

「いったいエモが何を守ろうとしているのかが分からない」

そう言われて初めて、私は自分の犯した過ちの大きさに気がついた。
いや、もしかすると本当の大きさには気がついていなかったのかもしれない、まだ何とか修復可能な範囲だと思い込んでいたのだから。

恋人は怒っているのでもなく、悲しんでいるのでもなく、私を責めるのでもなかった、ただただ「残念だ」とだけ言った、「今はそれしか言えないよ」と。
守れなかった約束、それ自体をどうこう言っているのではない。
私が自分で「守ります」と言っておきながら、恋人の懐の深さに甘えてそれを反故にしてしまったこと、つまりは優先順位を間違えたこと、それが「いったい何を守ろうとしているのかが分からない」という言葉で表されたのだ。
痛恨のミスだと思った。

いつだってそうだった。
目先のことに囚われて、その場しのぎの対処ばかりをしてきたのは、これまで何度もあった。
私は、寛大な恋人なら許してくれるだろう、きっとそうに違いないと思い込んでいたし、事実それを恋人は黙認あるいは容認してきてくれた。
ただし、今思えば、その度に恋人は「私だって無傷ではないんだ」ということを必死で発信していた。
かつてできなかった「気持ちを伝える」ということを一生懸命やってきてくれたのだ。

それなのに、私は相変わらず恋人に対しての「クールな人」「私よりオトナな人」「寛大な人」「私が多少やんちゃなことをしても見守ってくれる人」という位置づけを変えることはなく、恋人の非力さ、弱さに目を向けて来なかった。
そのバチがとうとう当たったんだろう、恋人は「もう疲れたよ」と言った。



時間が経つにつれ、ことの深刻さが浮き彫りになってきたように感じた。
その週末に控えていたLな集い、それはもともと以前に恋人が行きたいと言ったことで計画を始めたものだった。

「とても楽しみにしてた。待ち遠しかった。それしか言いようがない、今はもう…」

とうとう恋人の口から出たその言葉を聞いて、どうしようもない焦りを覚えた、もう許してはもらえないんだ、と。
どうしていいのか分からなかった、ただただそれを受け入れられない気持ちだけがあった。



以前に気持ちがすれ違ったときも恋人に言われた、「アナタは自分で自分の心を見つめるという“習慣”がないのでしょう?」。
まったくその通りだった、だから「木を見て森を見ず」なのだ。
そして、今回のことでそれをまったく学習していないことも露呈した。
それが、この先つきあい続けていくためには、致命的ともいえる私の欠陥だということも。

週末のLな集いの直前に私が恋人に訴えたのは、結局「どうしたらいいのか答えが見つからない」ということだけだった、まるで駄々っ子のように。
私の発する「絶対」がいとも簡単に「絶対」じゃなくなることを恋人は既に知っている。
「守れない約束はもう要らないよ」と言われ、何も言い返す言葉がなかった。
それどころか、自分自身でさえ「きっとまた同じこと繰り返してしまうんだろうな」という気になっていた。
いっそそういう“病気”なのだと誰かに言って貰いたい、そうすれば少しは気が楽になる、そんな思いにも至った。

恋人を繋ぎ止めておきたい気持ちはあるのに、その「手段」が見つからない。
だから、「どうしていいのか分からないんだ!」と恋人にぶつけることしかできなかった。
「自虐的にこんなことを言って、どこかで同情してもらおうと思ってる自分も嫌だ」と添えながら。
まだ懲りずに、どこかで寛大な恋人でいてくれることを期待していたんだろうなと思う。



前日ギリギリまでやり取りは続いた。
恋人の中でも相当の葛藤があったのだと思う。
直接私に向ける言葉とツイッターでのmugiqの呟き、そこの乖離がそれを物語っていた。

最終的な答えが見出せないまま、それでも行けば何かが変わるかもという期待があった。
お互いに決して嫌いになったわけじゃない、だからよそよそしく振舞うという懸念は無用だった。
ただ、今後続けていくためのコアな部分での信頼が取り戻せるかどうか、まったく漠然とした手探り状態ではあったけれど、そこだけが鍵だった。



実際に行った先ではとても楽しかった。
私は恋人の念願を叶えられたという喜びもあったし、恋人にとって初対面のL友たちに「これが私の恋人です」と自慢げに紹介するのも満足感をもたらしてくれたし、今自分たちが抱えている問題などまるでなかったかのように思えていた。
恋人も、後から「それまでと同じように、ふつうにエモが愛しくて、友人たちの間でカップルと見られるのも嬉しくて、いままでと何の変わりもない気持ちだった」と言ってくれた。
だけど。

L友たちと別れたあと、何となく話をしなきゃいけないような気分になって、まだ少しだけ時間が許す恋人とふたりっきりで飲んでいくことにした。
どちらも口にするのは「今日は楽しかったね」ということばかりだった、だって本心からそう思えたから。
それと、もしも恋人が心に決めていることが私の期待通りでないのなら、少しでも先延ばしすることで繋がっていたいという気持ちが、その話題を遠ざけたのかもしれない。
だけど、結局最後に恋人が口にした言葉は「やっぱり…」だった。

全部言わなくても恋人の様子を見れば分かった、うつむき、言葉を詰まらせ、目を赤くし、苦い表情でやっと搾り出した声だったから。

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| ふたりのこと | 11:57 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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| | 2010/12/03 21:46 | URI |

12月03日 21:46 の鍵コメさま

レス不要なんて言わないで(^^;)。
たとえ独り言でもちゃんと聞いてるよ。
ここでは深く語らないけど、いつでも呟きに来てね!

| エモ | 2010/12/04 21:03 | URI | ≫ EDIT















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