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自信を失くすということ

日付が変わろうとする少し手前で恋人の口から漏れた言葉、「やっぱり…」。
とうとう来たかと思った。
それでも私はまだやり直せるような気がしていた。
諦めない、諦めきれないから、何度でも気持ちを伝えよう、そうすればきっとまたこちらを向いて笑ってくれるに違いないと思っていた、この言葉を聞くまでは。

「もしもエモが気付かない私の弱さを分かってくれる人が現れたら、そのとき私の心はそちらに惹かれていってしまうかもしれない」

時間をかけさえすれば何とかなる、そう思っていたが、その間に別の誰かが現れて恋人の心を奪ってしまうのなら、これはもう無理だと思った。
何故なら、私が求めていたのは自分の変化ではなく、恋人の容認だったからだ。

動揺した。
「終電に乗り遅れるから」と促す恋人に、私はただひとこと「考えます」としか言葉を返せなかった。



翌日のメールで、恋人は「ひどいことを言ってごめん」と謝ってくれた。

あまりにも楽しい一日だった。
だからこそ、その終わりに「このままじゃいられない」ことを思い出した。
これまで通りの「懐深い人」を演じていたのでは解決にはならない。
「このままじゃいられない」ことだけは分かっていて、でもどうしたらいいかが分からなくて、何か行動を起こせば(口にすれば)少なくとも「このままじゃいられない」状況からは脱却できる。

そんなようなことを思った末の言葉だったようだ。
恋人曰く、冗談でなく「やけくそ」といった表現がぴったりくるらしい。
本心の中の本心から出た言葉ではないことに安堵したものの、皮肉なもので、今度は徐々に私のほうがネガティブな気持ちに陥っていった。

自信がなかった、自分を変えることに。
自分にとっていちばん守るべき恋人のシグナルを見逃す、或いは「喉元過ぎれば」忘れてしまう。
もうこの欠陥は致命的過ぎて、自分でもとても直せる気がしなかった。
そしてそれを待ってもらう間に、また恋人を傷つけてしまうのではないだろうかという不安、それを思うと怖くて怖くて仕方がなかった。

心では決して手を離したくはなかった。
だが、理性で考えると、私は恋人にとって“相応しい”とはとても言えないと思った。
いつだって譲歩するのは恋人、いつだって依存しているのは私。
いつだって負担をかけているのは私、いつだって負担を強いられているのは恋人。
こんな一方的な関係は、とても対等、健全とは言えないじゃないか。

「楽しかった一日」の翌日以降、私の悩みは恋人を取り戻す「手段」よりも、「やり直すべきかどうか」にシフトしていった。



その一方で、恋人の気持ちはやや揺れ戻りがあったようだ。
半ば「やけくそ」で発したひとことと言っていたが、少なくとも事態を動かすという役目は果たしたらしい。
その後にやり取りしたメールの中で、私の言葉の中に恋人の望みに近づいている何かを拾ったのかもしれない、私自身はそれにはまったく気付いていなかったけれど。
「楽しかった一日」の翌々日に電話で話したとき、私に自分自身を振り返ってみることを促した上で、「(やり直す方向に)気持ちが傾いている」旨を告げてくれた。
私が自分自身を見つめ直すという作業をすることで、今度こそ「手段」に囚われず、大切なものに気付くだろう、そんな兆しが恋人には見えていたのかもしれない。
そして、「この週末に、今度はふたりっきりで山に行こう」とも誘ってくれた。

後で聞けば、恋人にしてみれば「仲直りをしよう」の意味合いを込めた誘いだったらしい。
だが、このとき「やり直すべきかどうか」に悩んでいた私は、「もしかしたらこれが『最初で最後』のふたりっきりの登山になるかもしれない」と思い始めていた。

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| ふたりのこと | 11:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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