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いまや自信過剰です

楽しみにしていた年明け初デートが、止むを得ない事情でお流れになった。
遠距離恋愛中の方々から「何を贅沢な!」とお叱りを受けるのを覚悟で言えば、そのことが確定的なものになったとき、確かに一瞬がっくり来た。
ところが、わずか数時間後には意外なほど落ち込んでいない自分がいることに気がついた。



正確に言えば年明け“初”デートではない。
先週末、小1時間ばかりのスキマデートをしたことはしたのだから。

その日はもともと何の約束もしていなかった。
昼過ぎに近況を伝えるメールがあって、「今日は(実は)ランチくらい行けそうかと思ってたけど、やはり厳しかった。夕方前1時間くらいしか空かない。ごめんね」と続いていた。

「1時間くらいなら何とかなるけど、逢える?」とは聞いてこない、端っから「逢えなくてごめんね」と伝えてくる、まったく素直じゃないんだから(^^;)。
分かってますよ、そんな短時間わざわざ来てもらうのは申し訳ないと思ってるんでしょ?
仕方ないから、「1時間でも逢えるんなら私は行くよ」と返した。

いつもの喫茶店でお茶かと思っていたら、「え?折角だから飲もうよw」と言って来た。
たかだか小1時間のために駆けつけた私への申し訳なさの顕れか、それとも単に自分が飲みたかったのか…半々ってとこかな(笑)?

私たちの間ではお互い『時間担当』『距離担当』の役割はとっくにはっきりしているはずなのに、いつまで経っても恋人は「わざわざゴメン」を挨拶代わりにする。
もういい加減に慣れたらいいのに(笑)。
「わざわざゴメン」のあとに、やっと「明けましておめでとう」を言うことができた。

今思えばこのとき逢いに行っといてよかった。
次に逢えるのはおそらく1ヶ月先だろうから。



スキマデートはそれなりに楽しかったし嬉しかったけど、本格デートに対する期待はそれより格段に大きい。
無理して捻出した慌ただしい時間ではなく、多少は時間に余裕のあるデートなら、したいことは山ほどある。
映画でも、美術館でも、登山でも、日帰り温泉でも、もちろんただの昼寝(+α^^;)だって構わない。
このところお疲れ気味の恋人だから何をしたいかはお任せだったけど、恋人にとって充実した時間が過ごせるなら、そしてそれが「私と一緒」というところに意味があるのだとしたら、何をしたってそれ以上に楽しいことなんてあるワケないのだから。

それがお流れになってしまったんだから、お互い落胆しないはずはない。
だけど不思議なことに、今の私は妙にポジティブだったりする。
「今」というか…この感覚はもう少し前からのような気がする。
去年の12月ごろからなんとなくそう自覚していた。



以前から忙しかった恋人だけど、更に拍車がかかったのが10月の終わりごろだった。
ますます逢うのが難しくなってきて、恋人の連発する「申し訳ない」に、私は「そんなこと気にしなさんな」を繰り返していた。

そのころから私はツイッターのサブアカ(私たちはお互いにオープンアカウントとは別の非公開アカウントを持っている)で、一方的に「愛の垂れ流し」をするようになった。
大抵は私が酔っぱらって呟くバカバカしいモノだったりするのだが(^^;)。
また、それとは別に某所で『恋人応援キャンペーン』なるものを展開してみたり。

ま、私にしてみれば、独り遊びに恰好のおもちゃを手に入れたもんだから、「これで遊ばない手はないだろう(笑)」くらいの軽い気持ちだったんだけど、内心「上手に独り遊びしてますよ~。寂しくないですよ~」の姿を見せることで、恋人を安心させたいという思いもあった。
過去に、気持ちがすれ違ったことの原因を「私が寂しくさせたせい」だと、恋人が自分を責めてしまったことがあったからだ。

私は、恋人が私に費やす時間を作れないのであれば、その分を私がカバーすればいいと考えていた。
それが私からの一方的な情報発信だったのだけれど、暫くすると今度はそれにまで恋人は恐縮するようになった。
「メールにもツイッターにもブログにも反応できなくてごめん…」

いやいやいや、まいったなー(^^;)。
私が好きで一方的にやってることなんだから、いちいち反応なんてしてくれなくたってぜんぜん構わないのに。
そうやって謝られると、逆に「え?私ってウザい?重苦しい?自信過剰?」って考えちゃうんだけど(^^;)。
自信過剰というのは、この一方的な行為がこういう三段論法の上に成り立っているからだ。

「恋人は私のことが好きなはず」⇒「好きな人から何か投げかけられればうれしいはず」⇒「それは多ければ多いほどうれしいはず
なんだか相当おめでたい人間に見える(笑)。

このことを恋人に伝えると、「自信過剰って…(笑)。わずか半年前まで『自信がないんだ』って泣いてた人が、こうも変わるもんかねえ(笑)」と大笑いされた。
あ、そうだった!
半年前はビービー泣いてたんだ、私(笑)。



あれから半年、恋人に指摘されて気がついたけど、どうやら私は余るほどに自信がついたらしい。
だが考えてみても、半年前と今とで自分自身が然程大きく変わったとは思えない。
この半年で変わったことを強いて言うならば、私自身が能動的にどうこうというより、恋人からの「愛されてる感」をものすごく実感するようになったということだ。
不思議なことだが、逢うのが難しくなってきて以降、それをより強く感じるようになった。

「逢いたくても逢えない」のは普通に考えて「寂しい」ことだと思う。
「逢えるはずだったのに逢えなくなった」のなら尚更だろう。
そこには確かに“寂しい”気持ちはあるのだが、不思議と“悲しく”はならなかったし、そこからの浮上も早かった。
はじめはその感覚が自分でもよく分からなくて、ちょうどいい独り遊びで気を紛らわせてるせいかとも思ったが、どうも違うようだ。
明らかに何か“安心”できるものに支えられている感覚があった。
はっきりとそれを自覚したのが12月辺りのことだった。

上でも言ったように、「逢いたい」のたったひと言すらなかなか素直に言えない恋人なんだから、「愛してる」なんて言葉は出ようはずもない。
況してや以前より電話もメールもツイッターもコメントも、コミュニケーションの機会は減っている。
それなのに、以前よりものすごく「愛されてる感」を感じるのは何故なんだろう?



直接逢う機会、話す機会が少なくなってきてから、その少ないチャンスの中で、会話のバランスが変わったなということを薄々感じていた。
以前は私のほうが多く喋ってたのに、あるときから恋人のほうが自分のことをよく話すようになった。
それは何も大袈裟な話じゃない、身の回りの出来事だったり、他愛もないことだったり。
ただ「最近こんなことがあった」とか「今こんなことを考えている」という、ごくありきたりの会話。
これまでだって普通にしてきたはずの会話なのに、数少ない、短い逢瀬の間に、一生懸命自分のことを伝えようとする恋人の姿勢が見て取れた。
そのことが私をものすごく安心させてくれた。



実は、会話のバランスが変わったことに気がついてから、若干意識して恋人の話を聞き出すようにした。
それは前に一度こういうことがあったからだ。
恋人が身の回りのこと(私たちふたり以外のこと)で心配事を抱えていたとき、私に何ができるわけじゃないけれど、「とにかく話して」と言ったことがあった。
「今の私には話を聞いてあげることぐらいしかできないけれど、それでも人に話を聞いてもらうだけで楽になれることもあるから」
そう言って促すと、恋人はポツリポツリと話すようになった。

大分後になってから恋人にこう言われた、「あのときは涙が出るほど嬉しかったよ」と。
何も的確なアドバイスをしたわけじゃない、私はただただ恋人が話すのを聞いていただけなのに。
それまでの恋人は、誰かに自分の厄介事を相談したことなんてほとんどなかったそうだ。
周囲には『トラブル イズ マイ ビジネス』で臨んでいたらしい、確かに私が恋人に抱いていた印象も“クール”だったしね。
逆に人の厄介事を引き受けてばかりの毎日の中で、自分を引き受けてくれる人がいる、そこに甘えてもいいんだということが新鮮だったようだ。

あのときの「涙が出るほど嬉しかった」というひと言。
普段なかなか素直に感情を露わにしない恋人なのだから、このひと言は「愛してる」に匹敵するほど稀有で貴重な表現だ。
このひと言を思い出したからこそ、私は恋人の話に時間を割くようにした。

また言って欲しいからじゃない。
そうではなくて、恋人が「話す」という行為そのものが、私に信頼を置いてくれていることの顕れだと分かったからだ。
「好き」だとか「愛してる」だとか、そんな歯の浮きそうな言葉がなくたって構わない。
逆に、他愛もない日常の出来事だからこそ、そこから私の知らない恋人の様子を窺い知ることができる。
だからと言って、そこに「だから忙しくて逢えないの、ゴメンね」だとか「そういうワケだから勘弁してね」などと、取って付けたようなイイワケがあるのでもない。
ただ単に、前よりも積極的に自分の思いや出来事を伝えようとしてくれるその姿勢が、私の「愛されてる感」の裏付けだということ。
それをジワジワと感じ始めたこの冬。
外は寒くても、私の頭の中は妙にポジティブで「春のお花畑」だったりしている(笑)。



自分に自信を持つということは、例えば厳しい訓練に耐えるとか、ものすごい試練を乗り越えるとか、自分の中で悩み葛藤し答えを見つけるとか、そういう主体の経験や努力で掴むものだと思っていた。
だけど、誰かに支えられて、お互いが影響し合って気付く(築く)自信もあるんだね。
こと恋愛感情に於いては、相手によって作られるそれはものすごく大きいような気がする。
恋人には是非、アナタの愛情が大きいからこその私の“過剰”な自信なのだということを自覚しておいていただきたい(笑)。

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今更だけど、新年1発目のエントリーなので一応これも載せとこうかな、自分の中では恒例行事なので。

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今年は復路9区を見に行った。
東洋大・柏原の最後の雄姿をこの目で確かめたいって気もなくはなかったんだけど、去年のあの激混みを思うとねえ、躊躇せざるを得なかった。
「うーん…」と悩んだ末、今年の往路はTV観戦に決定。
去年10区のヒーロー(笑)國學院・寺田も今年は5区だったしね、TV前でしっかり応援しましたよ。

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去年までナマ観戦仲間だった霧島くんは、実は3月に転職して西のほうへ行ってしまった。
送別会の席で「いや、駅伝は絶対見に来ますよ」と言っていたけど、さすがに遠すぎて誘うのも忍びなく…残念。

IMG_3440.jpg

去年三冠を手にした早稲田は出雲で3位、全日本で3位、こりゃ箱根はもう無理だろうと予想はしていた。
出雲を制したのは東洋だけど、その後の全日本で古豪・駒沢が復活したから、私の予想は箱根も駒沢だったんだけどなあ。
まさかあそこまでぶっちぎりで東洋が勝つとは思わなかった、いや~あっぱれです。

IMG_3448.jpg

全選手通過後、撤収中の神奈川県警のおまわりさんたち。
かなりお疲れの様子、ご苦労さまでした。

| ふたりのこと | 16:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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