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私が走る理由

駅伝大会の帰り道、恋人に訊かれた、「ねえ、なんで走ろうと思ったの?」と。
改めてそんなこと訊かれて、「今ごろナニ(笑)?」と思わなくもなかったけど、そういえば言ったことなかったのか…。

そのとき答えたのはこうだったと思う。

「ん~、最初ジムのトレーナーに勧められたときは『絶対ムリ!』って断ってたんだけど、ちょこっとだけ走れるようになったら今度は上手い具合におだてられちゃってさ。で、『あー、私でも走れるんだな』って思ったから…かなあ?」

ジムだから「走る」と言ってもマシン、早さも時間も設定自由。
以前にも書いたことあるけど、始めたばっかりのころは早歩き程度のスピードでも3分がやっとだった。
それが、ホメ殺しなトレーナーのクチ車に乗せられるうち、まあまあ(ホントに「まあまあ」程度)走れるようになった。

「走る」きっかけはこんなもんだったけど、家に帰ってからよくよく考えてみると、「今も走り続ける」理由となるとちょっと違うなって思った。
今走っている理由はただ一つ、「恋人に褒められたいから」に他ならない。
あー、なんて単純(笑)。



通っていたジムがクローズになり、暫くして今度は腰を痛めた、それが一昨年。
リハビリのつもりで散歩をするようになったんだけど、その報告をする度に恋人からは「エラいね」「頑張ってるね」とやさしい労いの言葉をかけてもらえた。
それがうれしくて、うれしくて。

腰の調子がよくなり始めて、登山部に備えての陸トレのつもりで再び走り始めたのが去年。
「いや、すごいすごい!」とホメ度が増してきたもんだから、もう止めるに止められなくなった。
ま、猿回しの猿みたいなもんです(笑)。



だけど、どうもそれだけじゃないような気がして。
確かに自分自身の満足感・充実感っていうのもあるにはあるんだけど、それとは別に、私の記憶の中に「走ること」と「恋人とのこと」を結び付けてる何かがあって。

それが何かをハッキリ説明するのは難しいんだけど、実は以前こんなことがあったのだ。


*************************************************************************


私はこの芋ブログを始める前、mixiで日記をつけていたことがある。
Lであることも伏せていたし、交流する人もほとんどいなかった。
まったく自分だけの日記。

2008年の9月にこんなことを書いている、これが初めてのmixi日記だった。

【セルフ・コントロール】

昨日ジムへ行った、今週3度目。
いつも週2ペースだったから、昨日のはイレギュラー。
それが昨日は、どうにも心が落ち着かなくて、身体を動かしていないと
脳ミソがどうにかなってしまいそうで…。
落ち着かない心を静める為に、咄嗟に思いついた行動だった。

一昨日、ある出来事があった。
嬉しいこと?
悲しいことではないから、嬉しいことになるのかもしれない。
とにかく頭がパニクる出来事があったというわけ。

筋トレはわりと好きだが、ランニングは苦手。
いつも残り5分で泣きそうになる。
「なんでこんなことやってんだ!?」
それでも走るのは、もともとがM体質だからかも知れない。

それが昨日は違っていた。
いつもより速めに設定したのに、スイスイ走れる、全然苦しくない。

とにかく身体を苛めることで、頭を空っぽにしたかった。
なのに“そのこと”が全然頭から離れない。
一昨日の光景がフラッシュバックしてきてドキドキした。
でも、いつも感じる走ってる時の動悸とは何かが違う。
頭は“そのこと”でグルグルしてるのに、
まるで神経が切れて、筋肉の意思で勝手に動いているかのように
足が前に出る。
不思議な感覚だった。
気がついたら設定時間を越していた…楽勝じゃん。

そういえば前にもあったな、こんなことが。
その時は「怒り」モードだったけど。
喜怒に関わらず、興奮すると身体能力は伸びるものなのか?

確かに競技前、選手が自ら気分を高揚させようとする姿をよく見かける。
特に格闘技系。
あと、チームプレイの球技系でも円陣組んで何やら叫んでたりする。

しかし一方で、高度な沈着冷静さを求められる競技もある。
例えばゴルフ、弓道、アーチェリー、クレー射撃、ボウリング。

自らを奮い立たせる力、そして冷静に的確な判断を下す能力、
どちらにしても、ここぞという時にセルフ・コントロールができてこそ
一流のアスリートなのだろう。

感情に身体が引き摺られている私は、まだまだ未熟者です。




ここに出てくる「ある出来事」というのが、恥ずかしながら棒餃子と生ビールを前にしての恋人への告白だった。
まだたった2回しか逢っていないというのに、唐突に「私じゃダメなの?」と切り出したんだった…たぶん。
「たぶん」というのは、あのときはとにかくドキドキ緊張してて、自分でもよく覚えてないから。
その場ではOKをもらえなくて、でもNOでもなくて、とにかくパニックというか、俎板の上の鯉というか、動揺しまくった数日だった。

この日記に、当時唯一のマイミクだった恋人がコメントをくれた(このときはまだ「恋人」ではなかったんだなあ)。

「『悲しいことではない』ならよかったね(笑)

良くも悪くも、適度な刺激は人生に(そしてスポーツのパフォーマンスに)必要なのかも。
エモさんのそれは、きっとそうやって誘発されたランニングハイですよ! 極めましょうー。

私もセルフコントロールができるアスリートになりたいな。
極めたら、コツを教えてね(笑)」


無邪気なもんだ、今なら「オマエのせいやんか!?」と言ってやりたいところなのだが(笑)。
しかし、「これが『ランニングハイ』ってヤツなのか…へー」と、妙なところで冷静だったのを覚えてる。



ハッキリとした何かを説明できるワケではないんだけど、このときの「ブザマな告白劇」と、それによって引き起こされた「ランニングハイ」とやらが、どうも私の中ではかなり強く結びついてしまっているようだ。

ここまでのランニングハイは、その後一度も経験していない。
ただそこまでじゃなくても、走っていて極々たまーにフッと楽になる瞬間がある。
そんなときに、あの日のジムでの経験を思い出すのだ。
そうすると自動的に「ブザマな告白劇」も連想するワケで(^^;)。

でもね、それが実は心地よかったりするんです。
確かに「ブザマな告白劇」ではあったけど、あのときの自分の勇気には200点あげたいくらい(まあ正確に言うなら、その後OKをもらうまでの粘りも含めてだけど(笑))。
それを思い出すと、「もうちょっとだけ頑張れるかな?」って思えるから。

走ることによって思い出す「ふたりのはじまり」。
あのときもし恋人がその場でOKを出してたら、こうはならなかったのかも…って思うと、焦らしプレイの恋人にも感謝なのかな(笑)。


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mamaさんが「パパが羨ましがる記事をたくさん読ませたいの」と言っていたそうなので、思いっきり甘々な惚気記事を書きたかったんですが、どうも上手く書けません(笑)。
やっぱりきんちゃんの『mamaさん自慢』に敵うものはないね♪

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| 内緒の話 | 21:01 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

十分惚気てますよ♪
褒められると何でも出来そうな気がするから不思議ですよね
まぁ我家のレベルは思いっきり低いもんですが・・。
きんちゃんのmamaさん自慢も素晴らしいですが
mamaさんのきんちゃん自慢を毎晩聞かされてると
きんちゃんのマジ惚れてしまいそうです(笑)

| 虹 | 2012/05/14 22:39 | URI |

虹さん

え?これ、惚気てる?そ、そう(^^;)?
私たちみんな「ホメられて伸びるタイプ」みたいだね(笑)。

> mamaさんのきんちゃん自慢を毎晩聞かされてると

アハハ、mamaさんも相当きんちゃんに惚れてるもんねwww。
虹さんが書いてくれるから、それはよく分かります、分かります。
ホントにあの二人は「いい夫婦」(^^)。
虹さんがいくら惚れても、付け入るスキはないと思うわ(笑)。

| エモ | 2012/05/15 09:50 | URI | ≫ EDIT















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